レントゲン写真のような自画像や星月夜と並び、フィンセント・ファン・ゴッホを象徴するモチーフが「ひまわり」です。本記事では、ゴッホひまわりについて、なぜ似た構図を繰り返し描いたのか、各作品はどこが違うのか、現在どこで見ることができるのかを「複数あるひまわり」を軸に、その歴史や魅力、ドラマのある運命を解説します。
この絵にまつわる歴史
ゴッホひまわりは大きくパリ時代1887年の「地面に置かれたひまわり」と、翌年アルルで描かれた「花瓶のひまわり」の2シリーズに分かれます。一般に有名なのは後者で、1888年8月にアルルで4枚、その翌年1889年にそのうち1枚をもとに3枚の反復作を描いたとされ、計7枚の花瓶ひまわりが知られています。 ゴッホ自身は弟テオへの手紙で「アトリエの装飾としてガンガン大きなひまわりを描いている」と書き、友人ゴーギャンを迎える黄色い家のゲストルームを飾る一連の作品として構想していました。
魅力と美術史上の特徴
「ひまわり」シリーズの魅力は、何よりも黄色の大胆な使い方にあります。当時新しく出回り始めていたクローム・イエローなどの顔料を駆使し、背景から花瓶、花びらまでほぼ黄色系だけで画面を構成しながら、微妙な色味の差と厚い絵具のタッチで奥行きや質感を表現しています。 ロンドン・ナショナルギャラリー版では、淡い小麦色の背景とマスタード色のテーブル、さらに花弁の黄土色が互いに響き合い、ひまわりが生から枯死まで移ろう生命のリズムを象徴するように配置されています。写実的な静物というより、感情そのものを花に託した表現として、美術史上特別な位置を占める作品群です。
この作品の制作背景
「ひまわり」には人物モデルは登場しませんが、その背後にはゴッホが夢見た「芸術家共同体」の物語があります。1888年、彼は南仏アルルに移り住み、尊敬する画家ポール・ゴーギャンを招いて一緒に暮らし制作する計画を立てました。そのために黄色い家の客間を飾る「装飾」として構想されたのが、連作のひまわりです。ゴーギャンは実際にアルルを訪れ、このひまわりを大いに気に入りました。 ゴッホは手紙の中で「ジャンナンに牡丹があり、クロストにタチアオイがあるように、僕にはひまわりがある」と書き、自分の象徴的モチーフとして位置づけています。
絵にまつわる事件
ひまわりをめぐっては、大きな事件や噂も少なくありません。1987年、ロンドンのクリスティーズで東京の損保ジャパン(当時は安田火災)が落札した「十五本のひまわり」は、それまでの世界最高額を大きく更新する約3990万ドルで落札され、「日本企業がゴッホを買った」と世界的ニュースになりました。 その後、この東京のひまわりに対して贋作説が浮上し、テレビ番組や新聞でゴッホひまわりの「偽物疑惑」が騒がれますが、ゴッホ美術館などによる調査により真作と結論づけられています。 近年ではロンドン版が環境活動家にトマトスープを掛けられる抗議の対象となり、防護ガラス越しの展示が話題になりました。
出典元:TBS NEWS DIG Powered by JNN
現在見られる場所と所有者
花瓶のひまわりは、現存作だけでも世界各地の主要美術館に分蔵されています。イギリスではロンドンのナショナルギャラリーが黄色い背景に十五本のひまわりを描いた代表作を所蔵し、常設展示の目玉のひとつとなっています。 ドイツ・ミュンヘンのノイエ・ピナコテーク(改装中で一部作品は別館へ移動)には青緑の背景に十二本のひまわりを描いたバージョン、オランダのファン・ゴッホ美術館には黄色地の反復作が収蔵されています。 アメリカのフィラデルフィア美術館、日本の損保ジャパンの「SOMPO美術館」もひまわりを所蔵し、さらに最初期の一枚は個人蔵で一般公開されていません。
なぜ「ひまわり」は複数枚あるのか
ゴッホが同じモチーフを何度も描いたのは、単なるコピーではなく「連作」として捉えていたからです。1888年8月のアルルでまず4枚を描き、そのうちロンドン版を含む1枚を特に気に入った彼は、翌年1月にサイズや構図をほぼ揃えた反復作を3枚制作しました。 これは自分用とテオ、ゴーギャン用に分ける意図、あるいはアトリエ装飾のために同じイメージを複数セットで持っておきたいという意図があったと考えられています。また、絵具の扱い方や黄色の配分など、同じ構図を用いて絵画技法の実験を重ねる狙いもありました。結果として、似て非なる複数のひまわりが生まれたのです。
代表的な5枚の違い
代表的な5枚の花瓶ひまわりを比べると、花の本数や背景色、タッチに違いが見えてきます。ミュンヘン版は青緑の背景に十二本の花がやや広がり気味に描かれ、ロンドン版は黄色い背景に十五本がぎゅっと集まり、より象徴的で平面的な印象です。 東京のSOMPO美術館版はロンドン版の反復作で、構図と色調はほぼ同じですが、筆触がやや荒々しく、花びらの輪郭も力強くなっています。 フィラデルフィア版は花の輪郭線が少し柔らかく、全体に落ち着いた色味で、より静物画らしいバランスを見せます。これらを見比べると、ゴッホが同じテーマの中で表現を少しずつ変えていたことが分かります。
SOMPO美術館「ひまわり」の来歴と鑑定
東京・新宿のSOMPO美術館にある「ひまわり」は、1889年の反復作のひとつで、もともとゴッホの義姉ヨー・ボンゲルが所有し、その後20世紀前半のヨーロッパを転々としたのち、1930年代にはユダヤ系銀行家メンデルスゾーン=バルトルディ家が所蔵していたことが知られています。 1987年に安田火災がロンドンのオークションで落札し、日本へ渡りましたが、その直後から一部の研究者が「フランス画家シュフネッケルの贋作ではないか」と疑問を呈しました。 しかしゴッホ美術館は2000年代初頭に「真作である」との結論を公表しており、現在多くの専門家はオリジナルの反復作と認めています。
まとめ
ゴッホひまわりが複数存在するのは、彼がそれを単なる静物ではなく、友情と希望を象徴する「アトリエの装飾」として連作で構想し、何度も反復したからでした。同じ花瓶と花のモチーフでも、花の本数や背景色、筆致の勢いは一枚ごとに違い、それぞれが別々の表情を見せています。 一方で、東京のひまわりをめぐる贋作疑惑・所有権問題など、作品を取り巻くドラマもこのシリーズのイメージを形作ってきました。






