ヤン・ファン・エイクはエリート画家?生い立ちは?芸術作品3選

ヤン・ファン・エイクはエリート画家?生い立ちは?芸術作品3選

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ファン・エイクは、数多の作品を世に送り出しました。ヤン・ファン・エイクの実像は、多くが謎に包まれていて若年期の活動は、ほとんど分かっていません。とはいえ、写本画家の修業をしていたことは、解明されているようです。本記事では、ヤン・ファン・エイクはエリート画家といわれているのはなぜか、生い立ちや芸術作品を紹介します。

INDEX

ヤン・ファン・エイクはエリート画家?

ヤン・ファン・エイクは天才画家で、初期フランドル派(初期ネーデルランド派)の先駆者の一人です。初期フランドル派とは油彩技法を駆使し、宝石のような光沢と驚異的な細密描写で現実を再現した15世紀北欧の絵画一派です。ヤン・ファン・エイクは徹底した観察力を駆使し数々の宗教的表象を絵画に取り入れました。また、作品に署名や日付を積極的に入れた、最初期の画家の一人とされています。彼をお手本として、多くの画家が自分の作品にサインを入れるようになったのです。

兄弟で制作した大作

1432年に完成した作品「ヘントの祭壇画(神秘の子羊)」は、ヤン・ファン・エイク兄弟の作品です。元々兄のフーベルト・ファン・エイクが、全体の構成や構想を決めてから、描き始めたといわれています。ですが、「ヘントの祭壇画(神秘の子羊)」を制作している途中で兄は死亡したため、制作を引き継いで弟のヤン・ファン・エイクが描ききって完成させたとされています。兄が最初に決めた構成を弟が途中で変更したため、ほぼヤン・ファン・エイクが描いたといってもよいかもしれません。

初期フランドル派とは?

まず、ヤン・ファン・エイクが属している「初期フランドル派」というグループについて簡単に解説します。初期フランドル派とは15世紀から16世紀にかけてのネーデルラント(現在のベルギーやオランダに相当する地域)で開花した、美術の潮流およびその時代に活動した画家たちの総称です。このような芸術運動が大きく発展する背景には豊かな財力を持っている権力者や商人たちが、パトロンとして画家を経済的に支えるという構造が不可欠でした。

兄弟姉妹はいる?

ヤン・ファン・エイクには、兄の「フーベルト」弟の「ランベルト」妹の「マルハレータ(マルガレータ)」がいるとされています。兄の「フーベルト」も画家で、ヘントの祭壇画(神秘の子羊)の製作に携わっています。弟の「ランベルト」については、詳しい記録がほとんど残っていません。ですが、ヤン・ファン・エイクが死亡した後に、弟のランベルトが工房の整理や作品の管理に関わったと考えられています。妹の「マルハレータ(マルガレータ)」については、記録が限られているのですが修道院に入った可能性が指摘されています。画家の家系として、何らかの芸術的素養があった可能性も否定できません。

結婚していた?

ヤン・ファン・エイクは結婚していて、「マルガレーテ・ファン・エイクの肖像」という作品を制作しています。ヤン・ファン・エイクの妹の名前も「マルガレータ」というので、少し間違うかもしれません。自身の妻を描いたのが、1439年に板に油彩で制作されたこの肖像画です。ヤン・ファン・エイクは「マルガレーテ・ファン・エイクの肖像」を制作した2年以内に死亡しています。

生い立ちは?

ヤン・ファン・エイクは1390年頃、現在のベルギーに位置するマーセイクで生まれました。彼は初期フランドル派を代表する巨匠として、裕福な支援者に気に入られ、貴族に雇用されることが多かったようです。ヤン・ファン・エイクが青年期の頃に、ブルゴーニュ公国のフィリップ善良公に宮廷絵師として雇用されたこともあったようです。その後にブルゴーニュの他の宮廷人たちにも雇用され、1425年には宮廷画家になり、地位を確固たるものにしました。宮廷画家になると急速にその才能を開花させ、彼の卓抜した技術は瞬く間に欧州全土へ名が知れ渡ったのです。

芸術作品3選

ヤン・ファン・エイクの絵画は、髪の毛や顔のしわなどを1本1本リアルに描いています。さらに、しわに当たっている光により、陰影までもが見たまま表現するという観察力と描写が特徴的です。細筆で緻密な表現ができる油絵具の進化によって、透明油絵具を薄く何度も塗り重ねるグレーズ技法を完成させ、従来とは違う発色の良い作品を生み出しています。そんなヤン・ファン・エイクの絵画を3つ紹介しましょう。

アルノルフィーニ夫妻の肖像

ヤン・ファン・エイクの作品で「アルノルフィーニ夫妻の肖像」は、西洋美術史上で重要視されている作品です。ブリュッヘ在住のイタリア人夫妻アルノルフィーニの結婚記念で、描かれた作品とされています。細部までリアルに描かれて室内に佇む夫婦は揃って毛皮を着ているところも、再現されているのです。これを見る限りでは相当裕福な暮らしをしていたのだと、絵画を見ただけでも理解できてしまいます。さらにこの作品のすごいところは、制作している自身が鏡に映っている様子まで描かれている点です。鏡に映っているのは、作者ヤン・ファン・エイクとその妻のようです。

ファン・デル・パーレの聖母子

「ファン・デル・パーレの聖母子」という作品は、聖職者ヨリス・ファン・デル・パーレの依頼で描かれたとされています。彫刻が施された王座に座っているのは、聖母とイエスです。聖母の左に立っているのは、ブルッヘ聖堂参事会の守護聖人である聖ドナトゥス。聖母の右に甲冑を着て立っているのが聖ゲオルギウスで、ゲオルギウスの奥で跪いているのが依頼主であるファン・デル・パーレです。絨毯やマントといった布の繊細な皺や光はとても精密で、まるで写真のような表現力で描かれています。

宰相ロランの聖母

「宰相ロランの聖母」はブルゴーニュ公国宰相だったニコラ・ロランの依頼で、描かれた作品です。ブルゴーニュ公国宰相ニコラ・ロランと、聖母子が向かい合って描かれています。奥に見える庭園には薔薇や百合などが咲いており、その様子も細かく描かれています。

まとめ

ヤン・ファン・エイクの作品を鑑賞するなら、背景にも注目したほうが良いでしょう。理由としては細かい部分にも、かなりこだわりを持って描かれているからです。人物だけではなく、背景も細かい部分にこだわりを持っているようにも感じられます。見えない所まで丁寧だからこそ、これほど輝いて見えるのではないでしょうか。

この記事を書いた人

サイトにアクセスしていただきありがとうございます!関東在住のオフィスワーカーこころです。ヨーロッパへの旅行が好きで、その中で美術館を訪れる機会が増えたことで絵画に興味を持つようになりました♪これまで興味がわかなかった方も楽しんでアートを身近に感じてもらえるような情報を発信していきます。

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