ジュエリーデザイナーとして成功を収めながら、50歳を目前に画家へ転身した青山哲士。独学で描き始めてからわずか数年のうちに、完売を連発する人気作家へと駆け上がりました。この記事では、青山哲士の気になる作品値段の最高額や、画家になるきっかけとなった出来事、知られざる生い立ちまで詳しくご紹介していきます。
青山哲士の作品値段の最高額は?
青山哲士の作品値段で最高額となったのは、450万円で落札された『頭の中』というシリーズ作品のひとつです。2022年に開催された「さんまワールド画商プロジェクト」3度目の出品時のオークションで記録された金額で、当時大きな話題を呼びました。
テレビ出演をきっかけに知名度が一気に広がったことが、価格高騰の大きな要因になっているようです。完売が続く人気ぶりからも、今後さらに値が上がっていく可能性は十分に考えられます。アート市場でも異色の経歴を持つ存在として、世間からの注目を集め続けている作家なのです。
個展で販売された作品の価格帯
2023年の個展「2023年LOVE&PEACEの旅」では、S60号サイズの『現在過去未来ver.パンダ』が150万7,000円で販売。他にF50号サイズの『LET IT BE』や『頭の中ver.Upbeatウサギ』なども出品され102万3,000円という価格がついています。
サイズによってこれだけ価格に差が出ることからも、号数の大きさが値段に影響していることがうかがえます。人気の高い作品は購入希望者が殺到することも多く、抽選販売になるケースも珍しくありません。
限定アイテムやコラボ商品
青山哲士は番組とのコラボレーションでもキャラクターデザインを数多く手がけています。フジテレビ「ぽかぽか」では公式キャラクター『まんぷく昼太郎』やタイトルロゴ、セットデザインを担当、LDH配信番組「CL」では『シエルくん』を制作。
中京テレビの「カミング」「あさドレ」でもキャラクターのアレンジを手がけています。企業とのコラボも幅広く、ポルシェの車両ラッピングやアパレルブランドCULLNIとのフーディーを実現。他にも多数手がけ、こうした多彩な活動の幅広さがファン層の広がりを後押ししているのです。
青山哲士ってどんな画家?
青山哲士は1971年10月8日生まれで、出身地は愛知県であると公表されています。ジュエリーデザイナーとして活動した後、独学で絵画を学び画家に転身したという珍しい経歴の持ち主。現代アーティスとの鎌谷徹太郎さんの作品のようにポップでビビッドな色使いですが、作風はストーリー性を感じさせるキャラクターが特徴といえます。
なぜここまで高額な値がつくのか、その背景には転身までの道のりと、見いだされた瞬間のドラマが大きく関係しているのです。テレビ出演をきっかけにその人気はあっという間に広まり、今では多くの人が一度は見たことのある絵だというほど身近になりました。
ジュエリーデザイナーから画家への転身
青山哲士は24歳でアメリカへ一人旅をした後、29歳でオリジナルアクセサリーショップを開業しました。約26年間ジュエリーデザイナーとして活動、芸能人やスポーツ選手などのファンもつき、店舗を3つ経営するまでにブランドを育て上げた実績ある起業家です。
しかし50歳を目前にして画家になる夢を諦めきれず、2019年6月に成功していた仕事を辞める決断をします。それから独学で絵の具を手に取り、安定した暮らしを捨ててまで挑戦したその思い切った姿勢が、後の大きな成功につながっていきました。
有名になったきっかけは「さんま画廊」
転身の大きな転機となったのが、2020年に放送された日本テレビ「誰も知らない明石家さんま」のさんま画商プロジェクトです。応募総数4,500点という狭き門の中から作品が選ばれ、画商役を務める明石家さんまに見いだされました。明石家さんまさんと言えば、画家として成功を収め、高値となっているジミー大西の絵の才能も見出しましたよね!そんな人から作品が選ばれたなんて夢のような気持ちだったのではないでしょうか。
さらに出品した3作品は、番組主催の作品展で開始30分以内に完売するという大きな反響を呼びました。この出来事がきっかけとなって翌2021年には渋谷パルコでの初の個展を開催、こちらも初日に全作品が完売する結果となり、新人作家として異例の滑り出しとなったのです。
青山哲士の生い立ち
青山哲士は小学校の頃から勉強よりも絵を描くことが好きで、図工の授業が得意な子どもでした。学生時代は集団行動になじめず悩んだ時期もあったようで、海外アーティストのライブにひとりで足を運ぶことが唯一の楽しみだったというエピソードも。
そして40歳のころ自身がHSP・ADHD・ASD・強迫性障害であると知ったことで、長年抱えていた生きづらさにようやく納得できたと明かしています。色彩感覚や独創性、集中力といった画家としての才能は、この特性があってこそだと前向きに捉えているそうです。
父親の夢を受け継いだ画家への道
青山哲士が画家を目指した背景には、8歳のころに亡くなった父親の存在がありました。父の果たせなかった画家という夢を自分の手で実現させたいという思いが、安定したジュエリーデザイナーの仕事を手放す決断につながったようです。
自らのブランドを3店舗まで成長させた実績がありながら、年齢を理由に諦めずあえてリスクを取って新しい道に挑んだ姿勢には、多くの人が勇気づけられています。家族の思いを受け継ぎながら夢を叶えたストーリーは、作品の世界観にも温かみとして表れているのかもしれません。
青山哲士の活動と今後の展開
近年の青山哲士は、国内外での個展開催やチャリティ活動にますます力を入れています。2024年には「24時間テレビ」のチャリティオークションに参加し、能登半島の復興支援にも貢献、海外ではロサンゼルスのギャラリーでのグループ展に出展しました。
2026年には名古屋・新宿の2拠点で個展を開催し、初の大判作品集『LOVE & PEACE』も発売するなど精力的な活動を続けています。仙台や大阪をはじめ全国各地でも展示会が続いており、今後ますます注目が集まることが予想されます。独学で絵を描き始めてから駆け抜けてきたその歩みは、まだまだ加速していきそうです!
まとめ
青山哲士は最高450万円という値がつくほどの人気作家でありながら、その出発点はジュエリーデザイナーからの異色の転身でした。さんま画廊での発掘から個展での完売、海外展開まで駆け抜けてきた歩みは、夢を諦めない生き方そのものです。父親の夢を受け継いだという背景を知ると、作品の温かみがより深く感じられるのではないでしょうか。


