ジョン・エヴァレット・ミレーが描いた『オフィーリア』は、世界中の美術ファンから愛される名画のひとつ。しかし同時に、「なんだか怖い」「不気味な雰囲気を感じる」という声も少なくありません。いったいなぜそう感じるのでしょうか。この記事では、オフィーリアの絵画が怖いと言われる理由を中心に、作品の背景や見どころ、実際にどこで見られるかまで解説していきます。
そもそもオフィーリアの絵画とはどんな作品?
ミレーの『オフィーリア』は1851年から1852年にかけて制作された油彩画で、縦76.2cm・横111.8cmのキャンバスに描かれています。題材となっているのは、ウィリアム・シェイクスピアの戯曲『ハムレット』。ヒロインであるオフィーリアが、川の中に沈んでいく最期の瞬間を描いた作品です。
オフィーリアは、主人公ハムレットの恋人として登場する若い女性です。父親をハムレットに殺されたことで正気を失い、足場の悪い川辺で花を摘んでいるうちに転落。重いドレスが水を含んでいくなかでも、歌を口ずさみながら静かに川底へと沈んでいきます。その死は自殺と判断されました。
絵の中のオフィーリアは、まさにその瞬間を描いたもの。川に浮かびながら手を広げ、目を開けたまま歌を歌い続ける姿は、どこか現実離れした静けさに満ちています。
オフィーリアの絵画が「怖い」と言われる理由
不思議な美しさを持ちながら、同時に怖いとも感じさせる。それがこの絵の持つ独特の雰囲気です。
死のシーンなのに、表情が穏やかすぎる
普通、溺れている人の表情は苦しみに歪むはずです。ところがオフィーリアの顔は静かで、まるで眠っているかのよう。目は開いているのに焦点が合っておらず、口元はわずかに開いて歌を歌っているようにも見えます。
助かろうとする動きも見られません。両手は力なく左右に広げられ、川の流れに身を任せるだけ。この「あるべき恐怖の不在」が、見る人に言いようのない不安感をもたらします。正気を失ったオフィーリアには、死への恐怖がないのです。それがかえって怖い。
美しい自然の中に死が溶け込んでいる
背景には豊かな自然が広がっています。生命力あふれる草木、川面に漂う色とりどりの花びら。一見すると、のどかな風景にも思えます。しかしよく見ると、そのすぐ下でオフィーリアは沈んでいくのです。
生と死が同居するこのコントラストは、見ているうちにじわじわと不安感を引き起こします。自然の美しさが、逆に死の静けさを際立てている。「怖いのに目が離せない」感覚は、この対比から生まれているのかもしれません。
なお、ミレーという名前を聞いて「落穂拾い」や「晩鐘」を思い浮かべた方もいるかもしれませんが、それはフランスの画家ジャン=フランソワ・ミレーです。今回の『オフィーリア』を描いたのはイギリスのジョン・エヴァレット・ミレーで、別人になります。ミレー 画家として検索すると両者が混同されがちですが、名前のつづりも国籍もまったく異なります。
花々の意味を知ると、さらに怖くなる
オフィーリアの絵画には、それぞれ意味を持つ花々が細かく描き込まれています。頭に載せた花冠のデイジーは純潔の象徴、手のそばに見える罌粟(けし)は死を意味します。川面に散らばる花びらには、恋愛・悲しみ・裏切りといったテーマが込められています。
ひとつひとつの花がオフィーリアの運命を語っているとわかると、美しいと思っていた画面が、突然重い意味を帯びてきます。この象徴の深さが、怖さを増幅させる要因のひとつといえるでしょう。
有名な絵画が持つ不思議な怖さという点では、モナリザ 怖いと検索してみると似たような感想が多数出てきます。微笑みの奥に何かを隠しているような表情が怖いと感じる人が多いのと同様に、オフィーリアもまた「わからなさ」が恐怖の源になっているのかもしれません。
ラファエル前派の画家として描かれた精緻さ
この絵が持つ異様なほどのリアルさも、怖さに一役買っています。
ミレーはラファエル前派と呼ばれる芸術グループのひとりでした。彼らは「自然を徹底的に観察し、忠実に描く」ことを重んじていました。そのため、背景に描かれたすべての植物は実在する種であり、植物学的な正確さを持っています。
現地のホグズミル川に何ヶ月も通い、川辺のスケッチを重ねた末に完成させた背景。そこに、これ以上ないほどリアルに描かれたオフィーリアが浮かんでいます。細部まで丁寧に描き込まれているからこそ、その異様な静けさが現実感を持って迫ってくるのです。
モデルが体を張って制作に臨んだ?
オフィーリアの絵画には、制作の裏側に少し胸が痛くなるエピソードもあります。
オフィーリアのモデルを務めたのは、エリザベス・シダルという女性でした。後にラファエル前派の画家ロセッティの妻となる人物です。彼女はミレーの要請に応じ、水を満たしたバスタブの中でポーズを取り続けました。
その水は冬の冷たい水。下にランプを置いて温めてはいたものの、次第に冷えていきます。しかしミレーは制作に没頭するあまり気づかず、シダルはそのままポーズを保ち続けました。結果として彼女は体調を崩し、以降も健康問題に悩まされることに。ミレーはのちにシダルの父から治療費を請求されたとも伝えられています。
これほどの苦労の上に完成したオフィーリアの絵画は、だからこそあのリアルな表情を持っているのかもしれません。
実際にどこで見られる?
ミレーの『オフィーリア』は、現在ロンドンのテート・ブリテン(Tate Britain)に所蔵されています。テムズ川沿いのミルバンク地区に位置するこの美術館は、16世紀から現代までのイギリス美術を時代順に展示する国立美術館です。
嬉しいことに、予約不要・入館無料で見ることができます。館内にはカフェもあるので、ふらっと立ち寄るのにも向いています。アクセスは地下鉄ビクトリア線「ピムリコ(Pimlico)」駅から徒歩約10分ほどです。
ただし注意点がひとつ。オフィーリアの絵画は他の美術館への貸し出しが行われることがあるため、訪問前にテート・ブリテンの公式サイトで展示状況を確認しておくことをおすすめします。
なお、作品の評価額は3,000万ポンド以上とも言われており、世界的に重要な美術作品のひとつとして位置づけられています。
まとめ
ミレーの『オフィーリア』が怖いと感じられるのは、死のシーンなのに穏やかすぎる表情、美しい自然と死が同居するコントラスト、そして花々が持つ象徴的な意味など、複数の要素が重なり合っているからです。
完成当初は批評家から冷ややかな評価を受けたこの絵ですが、今では美術史に残る傑作として多くの人に親しまれています。オフィーリアの絵画は、見れば見るほど新しい発見がある作品です。ロンドンを訪れる機会があれば、ぜひテート・ブリテンで実物を見てみてください。






